感謝の心

我々が普段当たり前のように過ごしている日常は、実のところ貴重で大切なものなのです。

ご飯が食べられる日常、布団で寝られる日常、映画やテレビやネットを楽しめる日常、治安が守られている日常、自動車や電車や飛行機で遠くまで移動できる日常など、日々何気なくそして簡単に行なっていることは全て、産業や文化として他の人々の努力により支えられているものですし、それらが発展していったのは偉大な先人達の功績による賜物です。
災害が起きたり病気になったりでもしないと、人はこれらのありがたさをなかなか実感はできません。

こういった日常の素晴らしさを理解せずに、さもあるのが当然のような心持ちで過ごしていると、精神に変調が出てくるようになります。
店員や駅員にキレたり、あおり運転をしたり、通りすがりの人とチョットしたことでトラブルになったりするのは、その典型的な例です。
そこまでいかなくても、日常への謙虚な姿勢を持たないでいると、些細なことでイライラしやすくなりったり、怠惰になったり、軽はずみな行動が目立つようになります。
心が傲慢になり、自分を優先させ、目先のことばかり考えるようになるからです。

こうした心の良からぬ方への変化は、やがては身体にも悪影響を与えるようになります。
自分が世の中にいることのありがたさが解らない人は、自分の身体をいたわることもおろそかになり、不摂生な生活に走りがちですし、
何より、本当につまらないことでストレスが溜まるようになるのでその分、身体への負担が増えていってしまうのです。

心に余裕を持つことで、人は本当の身体の健康へと導かれていきます。
その余裕を獲得するには、まず、日常にありふれているモノへの、ものの見方を変えてみることです。
我々の日常を構成するものはすべて、「当たり前」ではなく「ありがたい」のだという自覚を持ちましょう。
そして、「人にやさしく」。これはイエス・キリストの時代から隣人愛として説かれていることですね。
そうして他者への深いいたわりを持つ者こそ、超人的な八面六臂の活躍をして、社会に大きな貢献をしていけるようになるのです。

それこそ聖者や神の子のように。